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2011年6月

2011年6月23日 (木)

‟和泉のラベンダー公園での想い出”

ラベンダーと聞けば・・・「北海道」・・・と答えたくなりますね。

Photo ラベンダーは、高温多湿が苦手でもともと西岸海洋性気候や亜寒帯湿潤気候の地域で栽培されていました。日本では「北海道の富良野」地方のラベンダー畑が全国的に有名ですね。

そんな事から、‟ラベンダー=北海道”・・・富良野を連想する様になりました。

ところが、何年か前から地元和泉市に素晴らしいラベンダーが咲いている公園があります。

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数年前に初めてこの公園を訪れて、地元和泉市でこんな綺麗な ‟ラベンダー” が、見られるのか・・・と驚来ました。それ以来機会があれば訪れてラベンダーを楽しんでいます。

Img_1556 今日、6月23日梅雨の晴れ間を利用して公園を訪れ、美しい ‟ラベンダー”を写真に収めました。何枚か書き込んで見ましょう。

Img_1548 好天に恵まれて、平日でしたがかなりの人が来ておられました。

Img_1550 Img_1555 Img_1546






そうそう、この公園に少し楽しい想い出があります。何年か前に友人と二人で訪れた折に、・・・公園の休息場所で二人ずれの ”美人” とお話しする機会がありました、話が弾む内、友人がお二人の写真を数枚移させていただきました。・・・それを送る事を理由に住所をお聞きして数日後に私が写真を送りました。

Img_1557_2 それを機会にお二人と、一年あまり文通をした楽しい想い出があります。

どう、されているかな・・・あの独身の美人・・・結婚されたかな~・・・

Photo_3          和泉ラベンダー公園の想い出より!

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2011年6月19日 (日)

‟西原公園・初夏・草花の詩”

         毎朝の散歩コース・泉北栂緑道の西原公園。道端にそっと咲いた草花heart01

Photo_2          花の名は知らないけれど・その可憐さに腰をかがめてシャッターを押すheart04Photo_3           初夏の日差のきつい日・小雨に曇る日・いつもそっと咲いている・草花heart03

                   今日もまた、シャッターを押すrain

Photo_4         こんな、散歩の日が続きますsprinkle・今日はカメラの花をそっと、並べましょうheart02

Photo_5          やっぱり、花の名前は解らない・・・それでも優しい草花に変わりはないheart

Photo_6             また、今朝も・・・道端の草花にカメラを寄せる・・・もうすぐ夏だsun

          草花ともお別れだshock 来年の初夏まで・さようならannoy

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2011年6月17日 (金)

‟男は気楽と云うけれど”

0517j 男の人は 「気楽でいいね!」 と云う言葉を女性の方から掛けられたことは、二度や三度ではないような気がします。

「気楽でいいね!」 の言葉の持つ意味として、多分「暢気」・「楽天的」と云った ‟心配や、責任の無い特性” を指して女性は男性に言って居られるのでしょう・・・?

0615j_2 でもね、・・・「気楽・・・」と云う意味を又、違った形で表現すれば、例えば精神的に「気楽」と云えば 「くつろぎ」 ・「リラックス」・「自然体」・・・等、女性の方の神経質的考えとは別に「良い意味」にも通じることもあります。

‟男は気楽でいいですね!” と、若い頃には姉や妻から言われたものです。・・・そんな時はいつも心の奥底で、「反発心」をもって耐えたものでした。

0631j さて、さて、もうこの年に(後期高齢者)なると ‟男は気楽で・・・・” と云われても、もう、「反発」 などはしないで自然な気持ちで 「何にも煩わされないで、快適な気持ち」 ・・・人生を楽しむと心に決めて・・・腹も立てない様にしています。

それこそが、「気楽」 で生きる基本かも知れません。

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これからこそ!。  健康のためにも・・・「気楽な生き方」を大事にしたいものですね。

    20011年6月17日記

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2011年6月15日 (水)

“四千万歩の男と・ストリートビュー” 

今、息子にもらった本で “四千万歩の男” と題した、あの有名な「伊能忠敬」の伝記小説を読んでいます。

Photo 彼(忠敬)は56歳から~72歳までの16年間「2歩で1間」の歩幅で日本国の海岸線を歩き回り、歩き尽くして、実測による「日本地図」を完成させました。

Photo_2 この間に歩いた距離は、ざっと3万5千キロ・・「里」の換算すれば8千9百里・・・歩数にして ‟四千万歩” ・・・・。

「井上ひさし」原作で、著者はその中でこの事を「愚直な大事業」と表現されています。

Photo_3 さて、その事業の詳細は機会があれば読んでいただくとして、私はふと、この日本地図を創った「伊能忠敬」の4千万歩の「日本地図」と、現在「パソコンで、自由に閲覧できる「ストリートビュー」なるものを「つい」比較して考えてしまいました。

Photo_5 私がストリートビューを初めて体験したのは、ある友人の住所を検索していたら、友人の家が画面にはっきりと映し出されたときは、びっくりと驚きの連続でした。

その、「便利さ」・「合理性」、これこそが現在の技術と称賛したのですが・・・でも「ちょっと、まった」これは余りのも詳しすぎて「プライバシー」の侵害のなるのでは?・・・と思ったものでした。 そしたら、やっぱり、ある新聞にこの事が批判的な記事として報道されていました。

Izuchuuzunumazu 昔の地図の無かった時代・・・・現在の様にボタン一つで世界中のどこでも見れる時代・・・現代に生きる我々は、地図の無い時代、電気の無い時代、環境汚染の無い時代を懐かしんでも・・・実際には、現代の社会の生活・・・コンピユーターの時代の方が良いのかも知れません。

Photo_6 電気の無かった時代・・・・原発で電気が充分にある時代・・・どちらが良いのでしょうか?。福島の原発事故で困っておられる避難者の皆様のことを心配しながら、複雑な心境で今夜も、 ‟四千万歩の男” 伊能忠敬の「愚直な大事業」伝記小説を読みふけっています。

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2011年6月12日 (日)

“私には・わっかりまっしぇ~ん!”

0381j私の友人に、物事が難しくなって来ると、その会話の中のグッドタイミングなところで “わっかりまっしぇ~ん” と云う言葉を発して、その場を楽しい雰囲気に丸く収める人が居られました。

Photo さて、先日来よりの国会で管総理の「内閣不信任案」の可決を巡っての一連の ‟面白くない動き” (逆にそれが面白い?)に国民はどう感じて居られるのでしょう。

1 元、総理の「ペテン師」が・・・現総理を「ペテン師」呼ばわりをして・・・又、同じ民主党々内でも「どっちが・どっち」とも付かずの行動!・・・それに、肝心の総理はいつ辞めるとも、言わず・・・ただ、何もせずに、権力の座に居座りたいらしい?。

Photo_3 如何に、私の友人の、‟わっかりまっしぇ~ん”  の一言では丸く収まりそうにも有りません。

でもね、・・・この辺であの良妻と云われる総理の ‟伸子夫人” が愛情込めて?・・・「蜂の一刺し」で朦朧と乱れ飛ぶ ‟総理” と云う「ハエ」を射落とす事に期待を賭けているのは、私だけなのでしょうか?。

Photo_4 これも、未だ、未だ、どうなるか、 ‟わっかりまっしぇ~ん” と云う事ですかね・・・。

  ‟お願い!・・早く・蜂の一刺しを!”

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2011年6月11日 (土)

‟辞世の言葉・考えたことありますか”

lovely この年齢になると、同世代の方の訃報に接すると・・・例えば最近では、長門裕之さん・坂上二郎さん・池内淳子さん等々がお亡くなりになりますと、今までとは違った感情・・・があります。何か悲しいことも通り過ぎ・・・寂しい気持ちが一段とわきあがります。

happy020499j  さて、最近図書館で読んだ雑誌にこんな言葉を残して死んだ、禅宗のお坊さんが居られたという記事を読みました「死にとうないわ・ほんまに死にとうない」

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coldsweats01 そこで、そのお坊さんの事を少し調べて見ました。そのお坊さん「仙厓義梵」(1750~1837)江戸時代の臨済宗の禅僧・画家としても有名。

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happy02 この禅僧の最後の言葉には、こんなエピソードがあります。「仙厓」がいよいよ、死期が近づいたので、弟子たちが師の枕もとで、今際の時に「先生、何か言い残す事は無いですか?・・・」と耳元で聞いたところ師の「仙厓」が「死にとうないわ」・・・とつぶやきました。・・・そこで弟子たちは席を離れて相談した結果、「こんな言葉を他の人達にはとても話せない」と・・・そこでもう一度師の耳元で「他に言い残す事はありませんか?」と再び尋ねると,師の仙厓は「やっぱり死にとうないわ」と言い残されました。

Senngai angry そこで、この言葉が仙厓の「辞世の句」として後世に伝わりました。

shock 私にはこの「死にとうないわ・・・」の言葉に人生の終わりに際しての「素直」な気持が言い表されていると思いとても心に残りました。

despair 仙厓の心の中は・・・・どうだったんでしょう・・・・・修行を積み、人の耳目を集め、或所まで昇った人生の道、これ以上進めない悲しみ、絶望、まだ・まだ何とかしたい焦り、・・・があってこんな素直な言葉になったかも知れません。

★ ここで、数人の亡くなられた著名人の最後(辞世)の言葉を書き込んで見ましょう。

Photo_3one ああ、苦しい、今、死にたくない。(夏目漱石)

two 友よ拍手を!喜劇は終わった。(ベートーベン)

three 鎧戸を開けてくれ、光を・もっと光を・・。(ゲーテー)

four 願わくば、花の下にて春死なむ そのせせらぎの望月のころ。  (西行法師)

five 向こうはとても美しい。(トーマス・エジソン)

six これで、お終い・・・。(勝海舟)

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wink さて、さて 、色んな言葉を残されてお亡くなりになって居られます。

smile 中でも、「夏目漱石」の様に「仙厓」と同じような心を伝えて亡くなられた人。

pout また、「西行法師」・「エジソン」の様に美しい詩的な言葉を残されたいる方々も・・・。

weep さて、残り少なくなった人生、最後の(辞世)言葉を考えた事ありますか、自分に当てはめて見て、どんな言葉になるのでしょう。

shock ヤッパリ「死にとうないわ」が、本音になるかも知れません・・・・。

happy01 出来る事なら、孫たちの手を握りながら ‟有難う!・俺の人生最高だった!・・・” と死にたいものですが?・・・さて、どうなる事やら?・・・。

0335j_2 wink みなさん、最後の言葉をお考えですか?・・・。

heart04 いずれにせよ、楽しく・素晴らしい・残りの人生を過ごしたいものですね!。

  “最近寂しい、カーチンより”               

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2011年6月 4日 (土)

‟平均より ちょっと上”

私が中学生のころ、親戚の叔父さんから教えてもらった言葉があります。

Photo それが「中庸の精神」と云う言葉でした。生意気盛り、何でも知りたい、年頃の私にその叔父は丁寧に教えてくれました。

その時の記憶には「中庸」とは、「中程」・・・大体の真ん中位と覚えていました。

さて、最近この年齢になり、ふと、また、「中庸」について思いを巡らして見るようになりました。そこで詳しく知ったのです。

Chuyo 

孔子が論語のなかで、言った言葉で 「中庸の徳たるや、それ至れるかな」 と。

意味は、過ぎたることなく、及ばぬことなく、常に変わらないことが、徳として最上のものである。

今になって、やっと「中庸」とはこんな意味が有ったのだと解りました。

さて、そこでこんな事を思うようになりました。何事についても ‟平均より ちょっと上” が良いのではないかと・・・・

学生時代・サラリーマン時代等々では、何事に付けても人より少しでも上に進みたいと考えたものでした・・・が。

現在は、そんなことよりも何事に付けても、 ‟平均より ちょっと上” が良いので、と思うようになりました。

自分の健康・食事栄養・散歩・読書等々・・・この事が孔子の名言「中庸」につながるのではないかと思うようになりました。

Photo_2 最近では、孫たちにも何でも ‟平均よりちょっと上” で大丈夫だ!と話しています。もちろん、私自身にも!。

0366j_2 女性にもてるのも‟平均より ちょっと上”がいいぞ!・

  ”女性にもてたい願望の青年?よりの一言!”

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