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2011年7月

2011年7月31日 (日)

“秘めた恋の物語”

0417j_2 なんと、“悩ましい” ブログの題名になりました。この年齢になると、恥ずかしい心が少なくなり、何でも白状出来る様になりました。

若い頃なら、・・・青年時代なら、・・・こんな恥ずかしいブログは書けなかったかもしれませんね。

百人一首にこんな歌がありました。・・・

  “忍ぶえど 色に出にけり わが恋は

        ものや思うと 人の問ふまで”

この歌は、昔でも今でも男女の心の機微、同じ恋をしても、なかなかそれを口に出して言えない、ナイーブな恋心を歌った歌ですね。

Photo_2 歌の意味は、“心に秘めてきたけれど、顔や表情に出てしまったようだ。・・・私の恋は「恋の思い事で悩んでいるのですか?」と、人に尋ねられる程になって。」・・・こんな歌の意味なんですね。

(参考)この歌に作者は、平兼盛(たいらのかねもり)で三十六歌仙の一人。

この、百人一首の歌の様に若いときには、心の中で,これこそが自分の秘めた恋心だと勝手に思ったりして・・・楽しんでいた様なところがありました。

誰にだって秘密の恋心の一つや二つは有りますね!?。

さて、この頃になって悪友とお酒を飲みながらの会話で・・・よく聞かれます「墓場まで持って行きたいと思う秘密は有りますか?・・・と。

Photo_3 この際、思い切って白状しませんか・・・と。

そう聞かれても・・・でも、墓場まで持って行こうと思っている秘密ですから、どうしても言えませんと、お断りしています。

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さて、墓場まで持って行く“秘密”を今の内に整理して・・・大事な “恋 ” の一つ・二つを思い出の中から決めておこう~と・・・。

誰にも内緒で・・・死んだ後なら「秘密が」がばれても構わない・・・よ!・・だ。

         “不良老年の一言”

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2011年7月29日 (金)

“親分! こんころもっちは~どうでい!・・・”

Photo_2 小学校の同窓生にお逢いすると、こんな言葉を掛ける事がよくあります。

“おまえさん! 最近こんころもっち(気持)は~どうでい!・・・” と・・・。

この言葉で、最近は元気にしているか?・気を落としていないか?・楽しく過ごしているか?・・・・と云う事が、相手に伝わる事になっているのです。

この言葉は他の人にはあまり通じないですが、私たち同級生にとってはこれで、意味が通じると言う共通の言葉なのです。

Photo_3 これには、こんな楽しい昔の思い出があるのです。

現在の様に テレビもない時代ラジオも3球スーパーと言った時代、・・・村での唯一の楽しみに年に一回開催される「村芝居」がありました。

近郷の青年会が主催で、子供会・老人会(年寄りの会)・も、加わって小学校の校庭に舞台を組み込み・・・一日がかりで・・・お弁当持参で・・・それは楽しい一日でした。

Photo_11 歌あり。踊りあり。・・・中でもやっぱり、一番人気が有ったのは「時代劇?」・・・それも、国定忠治、…とか、大利根月夜・・・とか、「股旅」ものでした。

ある年の村芝居で、同窓生の兄が扮する「やくざ」の子分が・・・舞台の真ん中で親分に向かって・・・・「歌舞伎の借り衣装」を着て、大見得を切る場面がありました。 “親分!・こんころもっちはどうでい!” ・・・この場面の、この言葉が、後々私たち小学生同級生の間で大流行して、現在の同窓会でも “おい! こんころもっちは~どうでい!” が何よりの挨拶になっているのです。

Kabuki1 今年も、夏真っ盛り・・・暑い日が続きますが、みなさん “元気で暑さに負けないで、この夏を乗り切りましょう。

“みなさん! こんころもっちは~どうでい!”

       2011年・盛夏。

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2011年7月23日 (土)

“やっぱり・あいつや!”

女性の友人間には、そんな風に言う人は居られないのでしょか?・・・

0388j 男性の仲間内では・・・“やっぱり・あいつや!” と云う「やつ」が必ずと云っていい程居ますよ。・・・特に私たちの仲間では。

例えば、どこかへ遊びの行く相談をしていて、話が「ハイキングで」山へ行こうと云うまとまり掛けると・・・必ず「あいつ」は山より海の方が良い。・・・だから、海に出かけよう・・・と言う。・・・ “やっぱり・あいつや!” 

0302j また、友人間で少し内緒の話題があり、これは他の人には漏らさない約束で別れた。・・・ところが2・3日もすると、その内緒話が他の人達に広がって居る。・・・誰かが内緒の話を知らせたに違いない。・・・・知らせたのは、“やっぱり・あいつや!” ・・・。

ところで、友人間で長く良好に付き合うには、嘘をつかない事は勿論第一だけど、約束を守と云う事も大事ですね。

Photo ・・・やっぱり「嘘つきは嫌いだ」・・・以前にもこんなブログを書いた記憶があります。

でもね、大事な「うそ」もこの齢になって有る様に思う事があります。・・それって、どんな「うそ」・・・それは皆さん各自で考えて下さい。

ちなみに、私たち仲間では「山へ行こう」と云うと「海へ行こう」と云う  “やつ” を「山行こ君」とあだ名をつけています。0312j今年の夏も、暑さに負けないで、“山・海”へ行こう!。

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2011年7月21日 (木)

“白菊の花”

菊つくりをされている人は、今が一番大切な時期で水やり・枝の整え・等秋の開花までまだまだ大変なご苦労がおありでしょう。

Photo 昔、私も数年菊つくりを教わり、難しいけれども苦労して秋に大輪の花を咲かせると、うれしいものでした。・・・特に白菊が大好きでした。

さて、「なでしこジャパン」の素晴らしい女性に続いて、今日はまた違う美人のお話を。・・・。

白菊の花を見ると「百人一首」のこんな歌を思い出します。

“心あてに 折らばや 折らん初霜の

          おき窓はせる 白菊の花”

小学校5年生の時に、お正月のかるた会に姉たちの仲間に入れてもらうために、必死で覚えたものです。100首覚えるのに約1年程かかったと記憶しています。

001 その折に、覚えた “おき窓はせる 白菊の花”

この歌の言葉の響きと、白菊の言葉に惹かれて大好きになりました。

しかも、子供心に・・・こんな事を考えていたのかも知れません。・・・・。

小学校の先生にS先生と云う女の先生が居られました。いつも「袴」姿で、髪の毛が長く・・・本当にきれいな美しい先生でした。・・・子供ながらこれが美人の代表だ!・・・と思ったぐらいでした。その、美しい先生と白菊の花を重ね合わせていたような気がいたします・・・・少しおませかな?・・。

Sotugyou_no5 百人一首の作者・歌の意味も解らずに “おき窓はせる 白菊の花” とかるた会で読み上げられると、いつも人より先に、“ハイ!” と手を出していたものです。

さて、数年前に娘に「教材」で使うのでと、頼まれて「百人一首」の作者・意味等パソコンでまとめた事があります。その折にこの「白菊の花」の作者・意味・背景等を調べました。

作者・凡河内躬恒 (おおしこうち の みつね)

三十六歌仙の一人に数えられ、紀貫之・紀友則・壬生忠岑と共に「古今和歌集」の選者に任じられた人で、官位は低かったものの宮廷歌人としての名声は高い人で家集「躬恒集」が有ります。

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この年齢になっても “白菊のような美人” にお逢いすると・・・心がときめきます!。

                    

          2011年・7月・21日記

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2011年7月19日 (火)

“あんた! それでも男?!”

私たち “男” はきっと「あんた! それでも男?!」・・・と云う言葉を一度は誰かに言われたことがないですか?・・・

0626j 私は、姉4人の下に生まれた所為でいつも姉たちから “あんた・男でしょう?!” ・・・そんな泣き声を出さないで!・・・とよく笑われながら小学生時代を過ごしたものでした。

最近は男の人が “弱く” なったと言われています。

草食系男性が増えたとか・・・・・・・。

結婚したのに父親になりたくないとか・・・・・・・。

優しさと・甲斐性なしが・・・イコールだとか・・・・。

その他、色んなことで “あんた! それでも男?!。” と言われているのではありませんか?。

私事ですが、我が家でも孫が成人した今、あまり聞かなくなりましたが・・・数年前まで母親が孫をつかめて「あんた!男でしょう!それでもチン・チン。付いてるの!」・・・叱っていたのを思い出します。

0407j 世の中の “青年諸君!” もう少し、男らしく! しようではありませんか。“それでも男?!” と云われないためにも・・・しっかりと、もっと男としても “自信”と “根性” を持とうではありませんか!。

そうで無いと、笑われるぞ!・・・“あんた! それでも男?!” ・・・と。

世の中のすべての女性の人々に・・・そして “なでしこ・ジャパン” に。・・・・

それにしても、昨日・今日と、「女性の力」の強さ・ねばり強さ・我慢強さ・と・・・・人気は最高!。日本の女性は最高!

Photo           “がんばれ!・若き男性諸君!”

         万歳・・・“なでしこ・ジャパン”

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2011年7月15日 (金)

“思い出のダイナマイト打線!”

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昭和21年に初めて「プロ野球」を観に行った。・・・それは「甲子園球場」ではなく。「西宮球場」でした。・・・何故なれば「甲子園球場」は進駐軍(アメリカ軍)に接収されていたからです。

Photo その当時(敗戦直後)はプロ野球は8球団でした。大阪タイガース・近畿グレートリングス・金星ゴールドスターズ・東急セネターズ・・・等々8球団でした。

最初の思い出は・・・西宮北口駅から球場までの道の両側で「七輪」(カンテキ)でするめを焼いてるお店ばかり並んでいました。「するめ」1枚を新聞紙に包んでもらって、球場で観戦しながら食べた事です。

Photo_2 さて、ここ2・3年タイガースフアンの私にとっては “面白くない” 試合が多くて・・・試合の観戦(テレビ)も遠のいています。

その原因はどうも?、監督にあるようです。現在の監督の采配に合点がいかないところが多すぎます。いちいち。例は挙げませんが多くのフアンも同じ考えかも知れません。

昨年は、新ダイナマイト打線?・・・とか言って少しは派手に花火が上がりましたが、結局優勝出来ずに終わりました。・・・今シーズンもこの調子では、余り期待できないかも知れません。

Photo_3 そこで・・・昔を振り返っては進歩がないと言われますが、・・・今日はどうしても振り返って見たいです。!・・・それは、昭和24年度のダイナマイト打線!・・・これぞ本物のダイナマイト打線でした。

この打線はすごかったぞ!!。

Photo_6 この、暑い時期にあまり “カリカリ ” せずにタイガースを応援いたしましょう。

最近の「ブログ」でよく見かけます、今、早く辞めて欲しい人は「管総理」と・「阪神の現在の監督」!・・・と。

いずれにせよ、「早期監督の交代を!」

     昔のタイガースフアンより。

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2011年7月13日 (水)

“故郷の伝説! おさん・茂平”

私の生まれ育った北摂の村(現茨木市)の北約4kほどのところに、“おさん・茂平恋道中碑”が建てられています。

Photo Photo_3

茨木市を北に抜ける府道114号線と平行して走るニュータウン(茨木サニータウン)内の幹線道路沿いに “おさん・茂平恋道中碑” が建てられています。

私の小学生当時は山深い中でした。父親に連れられてその山に「芝・薪刈り」に何度も入ったものでした。その、折々に父親からこの山は通称「おさん・茂平」と云う山で、昔々この山で “おさんと茂平” と云う人が心中した山でそう云う名前がついている、と聞かされました。

さて、成人して少し本を読むようになって「近松門左衛門」原作の中に「おさん・茂兵衛」が出てくる物語に出会いました。また、その作品が映画化もされました。

Photo_4 当初、故郷の伝説 “おさん・茂平” と近松の作品の映画「近松物語」とは同一のものかと思っていましたが、・・・よくよく調べて見るとそうではないと解りました。

故郷の伝説のお話は「大阪小町と謳われた美人で京都の商家に嫁いだ「おさん」は、丹波から奉公人として来た美男子「茂平」にすっかり身も心も奪われた。当時姦通すれば引き廻し罪と云う重罪に問われた。これを逃れるためこの北摂の山中まで逃げて来たが、所詮かなわぬ恋であると二人は相抱き、心中を果たした・・・と云うのが故郷に伝わる伝説の物語です。

Photo_5 一方、近松の原作(大経師昔暦)のお話は、京都四条烏丸の大経師「以春」の女房「おさん」が番頭「茂兵衛」と通じ不義密通の罪を着せられ二人丹波の柏原まで逃げたが、身を隠した家で捕えられてしまい、二人が京の粟田口の処刑場に送られ途中「おさん」の父親、「道順」の知り合いの「東岸和尚」にその法衣のもとに救われる・・・・・。結末は伝説の心中とは180度異なるハッピーエンドに終わっています。

Photo_6 井原西鶴が書いた好色五人女」の第三話にも「おさん・茂兵衛」の話が出てきます。その約30年後に近松が「大経師昔暦」書かれて、これが脚色されて「近松物語」として映画化されたのです。

私は、長年心の中で故郷の伝説「おさん・茂平」の物語と近松・西鶴の「おさん・茂兵衛」の物語が同一のものなのか・・・と云う疑問でした。

今回パソコン「インターネット」の情報のお蔭で上記の様に別の物語であるということが解りました。

さて、これは全く私個人的な考えですが・・・故郷の伝説「おさん・茂平」の物語が、「近松」・「西鶴」の物語のモデルなのかもと思ったり?・・しています。

      パソコン・インターネットは人生を変える!

            (写真はインターネットからお借りいたしました)

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2011年7月10日 (日)

‟品行方正”

昭和16年3月の小学校・・・・・終業式。

「本学年間 品行方正・学力優秀に付き、之を賞す」・・・こんな賞状をもらって進級した友人が二人も居た。

Photo 残念ながら僕には ‟品行方正” が付いていなかった。

その夜、家での夕食の時に父親がお前は「ごんた」・「やんちゃ」からな・・・と云って笑って怒られなかった事を思い出します。

0680j さて、‟品行方正” なんて言葉最近はあまり聞かなくなりましたね。どうしてなんでしょう。

ちなみに、“品行方正” の意味は「行いや心が整っていて、正しい事。道徳的にきちんとしていて、模範的である事」・・・と云う事ですね。

例えば、この “品行方正” と云う言葉・・・こんな風に使うのかも知れません。

「皆様は、品行方正の方々が多く、私の様な俗人にはついていけません」・・・と。

Photo_2 孫の成長を見ながら思うことは、私たちの時代と比べて子供の遊び方が完全に変わりましたね。

テレビ・パソコン等の発達に伴い、遊びもそれにしたがって、テレビゲーム・パソコンネットと室内で過ごす時間が多くなりました。

Kodomonoasobi_2 私たちの子供の頃は学校から帰ったら先ず野外で遊んだものでした。

「ごんた」・「やんちゃ」遊びの中から「良い事」・「悪い事」を学んで成長したものでした。

孫どもには、うわべだけの “品行方正” だけでなく、「元気」・「やんちゃ」で体力を鍛えて、「良い事・悪い事」が自分で理解できる人に、また「人には親切に」・・・こんな風に成長してほしいと願っています。

        “ごんた・やんちゃ” がんばれ!

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2011年7月 6日 (水)

‟豆知識?” 「隠元豆・三度豆」

いんげん豆の事を私は子供の頃に、「三度豆」と教わっていまた。・・・その理由は、一年間に三度収穫できる事からでしょう。

その、「三度豆」の正式な名前が「いんげん豆」と云う名であると言うのは、ずっと後の事・・・大人になってからでした。

Photo 庭先の、ほんとに豆程の庭の畑に昨年11月に「玉ねぎ」50個ほど植えました。今年6月に収穫・・・でも失敗でした、鶏卵程の玉ねぎで・・・残念でした。

実は、その後にふと「三度豆」を思い出して、時期的にも、年・三度収穫出来るのだから大丈夫と思い、種をまきました。・・・芽も出て・・・お盆には仏前のお供え、また、美味しく頂ける予定です。

Photo_2 そこで、少し ‟豆知識” として少し「いんげん豆」の事を書いて見ることに致します。

いんげん豆の原産地は遥か遠く「南アメリカのメキシコ近辺」とされています。コロンブスによる新大陸発見に伴いヨーロッパに伝えられ、日本には明の僧(後の隠元禅師)が1654年に持ち込まれたので ‟隠元豆” (いんげん豆)と云われる様になったと言われています。

Photo

いんげん豆は、「隠元」が禅の普茶料理の材料として普及させたものです。僧は肉や魚の類を原則として食べないので、タンパク質の補給源として豆は貴重なものだったのでしょう。

‟お茶” を飲む習慣を持ち込んだ「栄西」・ ‟たくあん漬け” を広めた「沢庵」・など禅僧と食事と云うものは良好な関係にあるのでしょうか。                   (隠元禅師)

Photo_4 現在では、上記の写真の様に色々と美味しく頂けます。身近な食べ物として、一般家庭にも人気があります。 ‟私も大好き!”。

Photo_5 さて、正岡子規の「わが幼時の美感」と云う作品の中にも ‟三度豆” が出てきます。

「西は家の裏にして畠なり。家の近く、そら豆、えんどう豆など、一畝、二畝植えたるが、その花を見れば心そぞろに浮き立ちて楽しさいはん方なし・・・中略・・・・三度豆、ナンキンなどの畠ありて,あとは竹やぶなり・・・・後略」・・・こんな作品があります。

明治時代、四国でも ‟三度豆” と云った様ですね。

Photo_6

何はともあれ、お盆には新鮮な美味しい ‟三度豆” が食べられますように、つる棚も作ったし・水やり・草引き・等々頑張って見ることにします。

豆が出来るまで、‟まめまめ” しく水やりする事に致しましょう!。

     2011年7月六日記

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2011年7月 2日 (土)

‟親子どんぶり”

丼・・・食べるか!・・この言葉は、子供の頃から聞き慣れました。

0442j_2 学校から帰ると、姉がそう言っていつも作ってくれました。

それ故に今でも,‟丼” は大好きです」。・・・中でも ‟ 親子丼” が。

妻が病弱で・・・疲れている時の私の料理は親子丼が得意の一つでした。そのお蔭で、今では私の作った親子丼を孫たちが美味しいよ!。?・・と云いながら食べてくれています。

Photo

親子丼と云えば、大阪近辺では「鶏肉と卵」ですね・・・・でも北海道では「鮭とイクラ」を親子丼と云うそうですね。・・・

Photo_4   美味しい ‟親子丼” の作り方。

鶏肉・玉ねぎを適当な大きさに切ります。みりんを鍋で煮ます、砂糖・醤油・だし汁を加えます。ひと煮立ちしたら、玉ねぎ・鶏肉を加えます。中火~弱火で鶏肉に火を通します。卵を軽く割りほぐし、火を強めてから加えます。ここで混ぜない!!・・半熟状態に仕上げて出来上がり!

簡単です。!・・・素朴です。!!・・・でも・・・これが美味しい!。

        健康のために、今日も ‟親子丼” に万歳!。

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