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2011年7月13日 (水)

“故郷の伝説! おさん・茂平”

私の生まれ育った北摂の村(現茨木市)の北約4kほどのところに、“おさん・茂平恋道中碑”が建てられています。

Photo Photo_3

茨木市を北に抜ける府道114号線と平行して走るニュータウン(茨木サニータウン)内の幹線道路沿いに “おさん・茂平恋道中碑” が建てられています。

私の小学生当時は山深い中でした。父親に連れられてその山に「芝・薪刈り」に何度も入ったものでした。その、折々に父親からこの山は通称「おさん・茂平」と云う山で、昔々この山で “おさんと茂平” と云う人が心中した山でそう云う名前がついている、と聞かされました。

さて、成人して少し本を読むようになって「近松門左衛門」原作の中に「おさん・茂兵衛」が出てくる物語に出会いました。また、その作品が映画化もされました。

Photo_4 当初、故郷の伝説 “おさん・茂平” と近松の作品の映画「近松物語」とは同一のものかと思っていましたが、・・・よくよく調べて見るとそうではないと解りました。

故郷の伝説のお話は「大阪小町と謳われた美人で京都の商家に嫁いだ「おさん」は、丹波から奉公人として来た美男子「茂平」にすっかり身も心も奪われた。当時姦通すれば引き廻し罪と云う重罪に問われた。これを逃れるためこの北摂の山中まで逃げて来たが、所詮かなわぬ恋であると二人は相抱き、心中を果たした・・・と云うのが故郷に伝わる伝説の物語です。

Photo_5 一方、近松の原作(大経師昔暦)のお話は、京都四条烏丸の大経師「以春」の女房「おさん」が番頭「茂兵衛」と通じ不義密通の罪を着せられ二人丹波の柏原まで逃げたが、身を隠した家で捕えられてしまい、二人が京の粟田口の処刑場に送られ途中「おさん」の父親、「道順」の知り合いの「東岸和尚」にその法衣のもとに救われる・・・・・。結末は伝説の心中とは180度異なるハッピーエンドに終わっています。

Photo_6 井原西鶴が書いた好色五人女」の第三話にも「おさん・茂兵衛」の話が出てきます。その約30年後に近松が「大経師昔暦」書かれて、これが脚色されて「近松物語」として映画化されたのです。

私は、長年心の中で故郷の伝説「おさん・茂平」の物語と近松・西鶴の「おさん・茂兵衛」の物語が同一のものなのか・・・と云う疑問でした。

今回パソコン「インターネット」の情報のお蔭で上記の様に別の物語であるということが解りました。

さて、これは全く私個人的な考えですが・・・故郷の伝説「おさん・茂平」の物語が、「近松」・「西鶴」の物語のモデルなのかもと思ったり?・・しています。

      パソコン・インターネットは人生を変える!

            (写真はインターネットからお借りいたしました)

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