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2011年9月

2011年9月26日 (月)

“ワードでお絵かき・パートⅡ”

パソコンで絵を描くのを習って一回目の作品を以前に書き込みました。今回パートⅡとして最近の作品を書き込んで見ました。

             今回の作品一覧表

Photo_6 Photo_19今年一月にパソコンをバージョン2007に換えました。新機種は特に、色彩・グラデーション・アート等、色に関する機能が改善されています。

パートⅡでは、水彩画・水墨画風なパソコングラフィックに挑戦しました。

          竹内トキ子写真集より

Photo_7              題・精進湖の逆さ富士

Photo_8               題・富士に沈む月

      中国書家・趙龍光作品より(水墨画)

Photo_15                 題・桂林雨後

Photo_9           題・桂林雨後(アート効果を使用)

Photo_10     題・清風高節(雀の絵を挿入してアレンジしています)

Photo_11               題・淡々疏々重々畳々

Photo_12                 題・柯九思詩

Photo_16                 題・高君詩意

      ゾルタン・サボー作品より(水彩画)

Photo_13               題・ 雪の河原

Photo_14             題・思いがけないシャワー

以上10点を最近ワードで描きました。制作に約150~200時間(2ケ月で)程費やしました。

今回の作品の制作は、習得したワード基本操作の他に次の様な機能を使いました。

        パソコン画(グラフイック)の制作機能

原題のスキャン(J・トリム・ペイント)→ 図(図形)の挿入→ トリミング→ 文字の折り返し→ 頂点の編集(頂点の追加・削除・頂点のスムージング他)→ 図(図形)の塗りつぶし(グラデーション・テクスチャー・パターン・光彩とぼかし・図の色・図の修正・アート効果・反射・影・透過性他)→ 移動(全面・背面他)→ グループ化→ コピー(回転・サイズ変更)・貼り付け→ ワードアート・保存→ 撮影・保存(Fn+Prt Scr)その他。

             (2011年9月26日書き込み)

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2011年9月24日 (土)

“落穂ひろい”

秋が深まりつつあります。秋と言えば私は先ず、稲刈りを思い出します。稲刈りで、思い出すのは何と言ってもあの「ミレー」の “落穂ひろい” という有名な絵です。

Photo19世紀のフランスで活躍した「ミレー」が旧約聖書の話から生まれた名画と言われています。

いよいよ、10月になれば稲の刈り入れが始まります。最近では機械で、サッと・・刈りいれてそれでおしまい!。と言うほどに簡単に終わります。でも、昔私が子供の頃は稲を刈り、それを干して乾燥させ、脱穀機にかけて、取り入れるまでは相当の日数がかかったものでした。

さて、私も実際に、その刈り入れ・脱穀の作業のあとに “落穂ひろい” を父親の厳命でさせられた記憶が有ります。田んぼの隅々まで歩き回って落穂を集めて回ったものでした。

ミレーの絵のような優雅な作業ではありません、特に父親はお米作りにはうるさい方で,作業は夕方までかかり集めた落穂は、お茶碗数杯分のお米でした。

「ミレー」の絵の様に貧しい人の為に刈りいれた時の落穂をそのまま残しておくと云う習慣はなく、折角一年がかりで作ったお米をそのままに田んぼに残して置くのは,{勿体ない」と言う発想からでした。そういった作業を通じてお米の大事さを教えられたものです。

これからの、子供たちにも、時間をかけて大切に育てたお米の大切さを知って欲しいものですね。

特に今年は、東北地方の農家の皆様の無念の思いが分かります。。

       頑張って下さい!・東北の農家の皆さん!。

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2011年9月22日 (木)

“もう来るな! 台風!”

今月に本土に上陸した2個の台風12号(9月3日に高知県に上陸)・15号(9月21日に静岡県浜松に上陸)は、平成になって最悪の被害となりました。

Photo 12号は紀伊半島・奈良地方で、15号は中部地方で、大雨による被害で大勢の方が亡くなられ、また行方不明になられました。心よりお見舞い申し上げます。

さて、私自身はこの年齢になるまで、数多くの台風に遭遇しましたが、中でも次の3つの台風が最も恐ろしかったと思います。

①・室戸台風(昭和9年9月21日・高知県室戸岬に上陸)

②・ジェーン台風(昭和25年9月3日・徳島県日和佐に上陸)

③・第2室戸台風(昭和36年9月16日・高知県室戸岬に上陸)

①の室戸台風は家の屋根(わら葺)が屋根毎吹っ飛んだ、近所の小学校が倒壊して大勢の児童が亡くなられたそうですが、年少で記憶が有りません。

②のジェーン台風では、台風一過の後大潮で海水が街に逆流して、一週間ほど近所の学校の3階で避難していました。

③の第2室戸台風では、風が強くなった中布団を頭から被り避難場所に逃げ、台風が過ぎて帰宅すれば家の屋根瓦は吹っ飛び壁は崩れ落ち散々でした。

Photo_2 ところで、こんな恐ろしい体験をした台風ですが子供の頃・また、若いときは心のどこかでそれを楽しんでいた処があった様です。例えば大風(台風)がきて、その大風がちょっと横に外れて呉れたら良いな・・・そしたら、隣の家の栗の木の実が落ちる・柿も落ちる・・・それを拾いにいって喜んだ記憶が有ります。

Photo_3 また、青年時代は少し台風が外れると・・・お昼だったら梅田の地下街の映画館で3本立て映画を見て台風が治まったてから家に帰る・・・こんな事もありました。

でも、今度の12号・15号の台風の被害地の状況を見てそんな甘い考えは吹っ飛びました。

Photo_4 これからは「台風よ・少し横へ外れて呉れ」・・・こんな甘い考えは捨てます。

“日本へ・もう来るな!台風!” こんな考えに今日から変えます!。

もう一度叫びます。“もう来るな!台風”・・・。

被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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2011年9月16日 (金)

“逆さ別れ・・・親不孝”

今年は9月になっても、残暑厳しく熱中症に注意するように言われています。

熱中症と云えば、昔は日射病と云って夏には家族から特に注意するように言われた記憶が有ります。

Photo さて、その日射病で昔昔、悲しい思い出が有ります。昭和22・3年ごろ私の中学校の親友が夏休みに突然「日射病」で亡くなりました。・・・一緒に野球をしたり、泳いだり、魚釣りをしたり、いつも一緒に遊んだ仲間の一人でした。

それは、大ショックの出来事でした。翌日のお葬式の日。・・・お母さんが泣きながら両手を合わせて門の前で出棺を見送られて居ました。子供心に何故墓場(火葬場)で送られないのかな・・・と思っていました。

子供が、親より先に死んだらお墓までは送れないのだと、近くにいた大人の人が話しておられました。

Photo_3

今日、図書館で「逆さ別れ」と言う言葉が目に止まりました。・・・これが子供が親より先に死んだら、親が墓場まで送れないと云う事なのですね。

日本の古いしきたりに “逆さ別れ” と云うものがあったのです。子供が親より先に死ぬと、お葬式の時は親は火葬場までは行けない、ただ涙で見送るだけ。これが日本の “逆さ別れ” の形であると云う事がわかりました。

Photo_2 人間生まれると・・・必ずゴールは「死」であります。それは万人平等です、いずれ逝くのだから、くれぐれも急いで「自死」などはしない様にして欲しいものです。

親より長生きするのが、最大の “親孝行” です。

                合掌

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2011年9月13日 (火)

“ああ、紅の血は燃ゆる”

今日、野田新内閣の所信表明演説が国会で行われました。明日の各新聞でその内容の論評が行われる事でしょう。

Photo さて、このこの演説をテレビで聞きながらこんな歌を思い出しました。

               

         ★“ああ、紅の血は燃ゆる”

① 花もつぼみの若桜

      五尺の生命(いのち)ひっさげて

            国の大事に殉ずるは 

     我ら学徒の面目ぞ

               ああ、紅の血は燃ゆる。

この歌は、戦時中昭和19年に「作詞・作曲」された歌で、「青年・学徒を送る歌」として、学徒出陣の際によく歌われたものです。

Photo_2 「国のため、家族のためと、それを信じつつ」その若き尊い生命を国のために殉じて、戦地で散っていったのです。

人、それぞれに考え方の違いはある事でしょう。・・・でも現在この平和に繁栄した日本があるのも 〝国の大事に殉ずるは、我ら学徒の本分ぞ” と信じて散ったこの若い人たちの生命のお陰であるのも間違いのない事です。

いつも、政治家の靖国神社参拝の事が話題に上がりますが、私個人としては「国のために殉じた人たちがお祀りしてある靖国神社には他国の事情に左右される事なく毅然として、お詣りして欲しいものです。

現在、千年に一回と言われる災害に遭遇して、政治家の皆さんは口先だけでなく “国の大事に殉ずるは、我ら政治家の本分ぞ” と心に決めて進んでもらいたいものです。

Photo_3 軍事力の背景の無い外交は弱いと言われるかも知れません、でも、強い姿勢を示しつつ柔軟な外交政策を進めて、日本を侵す外国には毅然と臨んでもらいたいものです。

今こそ、政治家は明治維新のあの、若き志士達に学んでほしいものです。

    “国に殉ずる覚悟で頑張ってもらいたい!”

Photo_4            学徒動員の塔(広島)

      “学徒出陣で散華された靖国の英霊に合掌!”

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2011年9月10日 (土)

“驚き・桃の木・山椒の木”

表題のこんな言葉をふとしたきっかけで思いだしました。

驚き・桃の木・山椒の木!” 昔は少しは使ったものですが・・・現在はあまり使わなくなりましたね。

さて、最近少し時間に余裕(ハッキリ言えば暇・・・(笑))があるので、今日はこの言葉の意味、使い方等を図書館・インターネットで調べて見ることに致しました。

そこで、解った事・・・。これは、非常に驚いたときに発する言葉です。

「おどろき」の「き」に「木」をかけて・・・後に木の名前を続けて 〝語呂” を合せたもの。いわゆる付けたし言葉(「無駄口」と云うもの)の一種ですね。

友達同士の会話の中で、大変驚いたと言うときなどに使ってみては如何ですか?。「これは驚いた!・驚き・桃の木・山椒の木!」と。・・・その場の会話の雰囲気が和むかも知れませんよ・・・特にお若い方には。・・・

ところでなんで今、こんな言葉を思いだしたと言うと次の様な「川柳」を読んだのがその理由です。

川柳・・・“驚きだ!・桃と・山椒は・無関係!”・・・こんな楽しい川柳でした。

表題の “驚き・桃の木・山椒の木” ・・・この言葉を思いだすには、ぴったりの川柳でした。

最近は、こんな言葉も有る様ですよ・・・

happy02“ 驚き・桃木・ブリキに・タヌキに・洗濯機・猪木に・えのきに・ケンタッキー”・・・

Photo_2 暇があるとは云え、こんな事を調べていないでもっとまともな勉強をしなさい!。

    自分に言い聞かせている老人の戯言!・・・。

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2011年9月 8日 (木)

“夢の四馬路・虹口の街・外白渡橋”

数日前に、図書館で読んだ雑誌でこんな記事を見かけました。先日やっとお辞めになった「管総理」が夫妻でよく通われる、“バー” に「四馬路」(すまろ)と云う名前のお店があるとか、・・・・。

その記事を読んでいて “四馬路” すまろと云う言葉とともに若き時代を思い出しました。

Photo_2 例えば、戦後間もない頃・昭和21年~22年頃の歌の歌詞に “四馬路”(すまろ) とか “虹口(ほんきゅ)とか言葉が数多く見かけられます。

Photo_5 Photo_6 

「四馬路」とは四頭だての馬車が通れる程の広い通りの繁華街と云う意味で、当時は上海の海岸通り “夢の四馬路(すまろ)” と呼んだのです。

そこで、・・・上海海岸通りで又また、思い出したのが “外白渡橋(ガーデンブリッジ)と云うところでした。

    Photo_7     Photo_8 写真は20数年前の私です。

                                     

上海のガーデンブリッジ(外白渡橋)は1907年に建設された中国最古の鉄橋で、黄浦江の支流である蘇州河に架かり、バンド(外灘の事)と虹口(ほんきゅ)を結んでいます。

20          20数年前の上海海岸通り

折しも、友人のS氏が5月に中国西安に1週間ほど旅行されて最近の中国の変わり振りをお聞きして、20数年前の思い出との違いを、まざ・まざ、と感じている所です。

          思い出の上海!

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2011年9月 5日 (月)

“盗みを許される夜?・・お月見の夜の風習”

台風一過・秋空とはいかなかったのですが、間もなく秋本番ですね。9月12日は “中秋の名月” を迎えます。

Photo私の育った北摂の山村では、この中秋の名月の夜に、各家でお月様にお供えものをして、お月さんを眺めてお祝いをしたものです。

Photo_2 萩の花と、ススキを花瓶に挿して、里芋の煮っ転がしをお鉢 一杯に積み上げてお座敷の縁側にお供えをするのです。Photo_3

さて、そのお供えの「里芋」を私たち子供は、そっとその家の縁側に忍び寄り細い竹で作った槍などでそのお芋をつきさして、逃げるのです。・・・こんな楽しい風習(盗んでも叱られない)があったのです。

Photo_4 その名月の夜は本当に子供たちにとっては楽しい夜でした。

お昼から細い竹やりの準備をしたり、どこの家が一番忍びやすいか?、2階で供えてある家にはどの電柱から二階に忍び込むか?・・・と、色々と友人たちで計画を立てて夜を待ったものでした。

が、この芋泥棒は余り成功しませんでした。なぜならば・・・忍び込んだその家の縁側の障子の影で見張りをしている人がいて、その人に水をぶっ掛けられて退散・・・・。芋を突き刺したけれどもお鉢がひっくり返って失敗!・・・。

でも、まれには、おば~ちゃん一人の家では、まんまと “成功”! した記憶などが有ります。

Photo_5 その晩の、最後の “いも泥棒” は結局自分の家の芋を思い切り竹やりにさして、口いっぱいお芋をたべて、その夜の楽しい風習を終わりにしたものです。

最近はこんな風習が無くなったと聞いています。少し寂しい気も致します。

「盗み」は悪い事です。・・・でもこんな素朴な風習の中から子供たちは大人の人達から、“情操教育” をうけて、善悪の事も教わって育ったものでした。

9月12日は “中秋の名月” 晴れるといいな~!

        童心に還りたい老人より

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