歴史

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2013年8月12日 (月)

“昭和の思い出・・・70年前の盆踊り”

今年も8月のお盆前になると、土・日の夜になると、あっち、こっちで盆踊りの音頭が聞こえてくる季節になりました。

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夏休み子供たちにとっても楽しみの盆踊り大会ですね。 最近の盆踊りと言えば、子供たちの踊りの曲(音頭)は炭坑節等で楽しく盛り上がっていますが、大人の人たちの盆踊りはなんと言っても、この辺りでは、 “河内音頭” と “江州音頭” が主流ですね。

“そりゃ~・・・よいとよやまか~・・・どっこいさのせ~”

こんな、お囃子の声が聞こえてきます。さて、私たちの子供の頃・・・昭和16~20年頃は、あの大東亜戦争の真っ最中・・・盆踊りと言えば戦時1色での盆踊りで、次のような音頭で踊ったものでした。


“瑞穂踊り” 昭和16年に発表されたもので「農林省」のお墨付きの曲でした。


ちなみに、瑞穂とは・・・みずみずしい稲穂のこと。・・・瑞穂の国とは・・・古事記の記述によると、日本は「豊葦原のみずほの国」(とよあしはらのみずほのくに)
とされている。

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作詞 岡崎 淑郎
作曲 中山 晋平

歌詞(抜粋)
  

 早苗ナァ ハ ドッコイセ
    早苗とる手も 麦踏む足も
       揃た 揃たよ 村中が揃った
           瑞穂踊りに コリャエ
              トコドッコイセ トコドッキセ
                 気も揃た コリャエ サテ
                    サッサヤレコノ トコッドコイセ~。


現在のような浴衣を着て、首にタオルをかけて・・・と言うような姿ではありませんでした。女の人は「もんぺ姿」(戦時服)・・・男性は「国民服」(戦時服)姿が多かった様でした。

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それでも、苦しい戦時中の中での楽しみの一つで、笑顔で踊ったものでした。
8月になると、毎年 敗戦記念日(8月15日)を思いだします。・・・今年は70年前のこんな盆踊りの歌を思い出しました。

(盆踊りの写真はインターネットより)


  戦争のない、平和な時代に感謝して・・・さあ~元気に踊りましょう!。

            
            “サッサ ヤレコノ トコドッコイセ~!”

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2013年3月23日 (土)

“伊勢・安乗・松阪・グルメの旅”

しばらくの「ブログ」書き込み、ご無沙汰でした。・・・ともかく今日再開です。 さ

て、私たち歴史クラブは3月12日~13日一泊で「グルメ旅行」として伊勢・安乗・

松阪を旅行いたしました。 旅の思い出として「ムービー」を作成しました。その一

部を短縮してこのブログにアップロードいたしました。

 

           “ムービーメーカー バンザ~イ”

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2012年12月 8日 (土)

‟「この指とまれ」国宝のみ仏に会いに行きませんか。パート2”

私たち歴史サークル「山桜会」では有志による「この指とまれ」のイベントで11面観音像の7体の国宝にお会いに行くイベントが行われています。今回が最後で奈良の室生寺の11面観音にお逢いに訪れました。

美しいお姿の観音様と大野寺の弥勒大磨崖仏を鑑賞して楽しい一日を過ごしました。その一部を動画にしてこのブログに書き込みました。

       (ムービー一部、ユーチューブよりお借りしました。)

次回の「この指とまれ」は来春3月に第2回グルメの旅として「安乗・伊勢エビ残酷焼きと歴史浪漫の旅・ぶらり松阪を訪ねる」を開催予定です。

                   ‟楽しみにしています”

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2012年11月18日 (日)

‟秋 飛騨の旅 郡上八幡・飛騨古川”

私たち、歴史サークルのメンバー21名は11月六日~7日に ‟飛騨・郡上八幡・飛騨古川” を訪れました。

郡上踊りで有名な八幡市は清らかな水に育まれた小さな城下町で、至る所に清流が流れ、古い町並み、本当に静かな綺麗な町でした。 郡上八幡城は小高い山頂に築かれた見晴らしの良い美しいお城でした。

二日目に訪れた ‟飛騨古川” は、岐阜県の最北端に位置する飛騨市。
天下の三大奇祭「起こし太鼓」・また、見事な「屋台行列」の古川祭りでも有名なところです。

中でも特に、石造りの瀬戸川沿いの白壁土蔵街・瀬戸川で泳ぐ鯉・有名な「縁結び」行事の本光寺 真宗寺・円光寺を回る「三寺詣り」・・・。

この素晴らしい町並みと・郡上八幡城の景色などの一部をムービーでご紹介いたしましょう。

‟秋 飛騨の旅 郡上八幡・飛騨古川” の旅行は素晴らしいものでした!

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2012年10月24日 (水)

‟この指とまれ!”

幼い子供の頃「この指とまれ!」・・・と、声を大にして遊んだ経験はありませんか?・・・。

‟かくれんぼ・する者寄っといで!” ・・・この遊びの原点かも知れませんね。
Photo_7                              観音寺立像
さて、
私たち、歴史サークルでは、毎月の会報に「この指とまれ」・・・と言うコーナーがあって、発案者から会員の皆様に「お誘い」記事が掲載されます・・・「この指とまれ」と・・・・。

これは、会報の編集者の素晴らしい気転で始まりました。回を重ねてかなりの回数になりました。

その「この指とまれ」のお誘いの代表的なものを挙げて見ると、こんな「この指とまれが」有ります。

               日本にある、国宝11面観音七体を拝みに行きませんか・・・。
Photo_8                              向源寺立像

奈良聖林寺を初めてとして、来月11月の京都六波羅蜜寺が第6回目、12月が最後の七回目奈良室生寺になります。

Photo_4                              聖林寺立像

私自身も何回か参加させて頂き、このブログに拝観記事・写真を書き込んだ記憶が有ります。

Photo_5                              道明寺立像

ころで、私自身もこの「この指とまれ」のコーナーにお誘いの計画を記載した事があります。

Photo_6                              法華寺立像

それは、「グルメと歴史散策の旅」と題して、「伊勢安乗フグ」を賞味して伊勢の歴史にふれて来ました。
Photo_9                             六波羅密寺立像
Photo_10                               室生寺像

12月号(次々回)の会報に第2回目「この指とまれ」のコーナーにお誘いの計画を記載いたします。

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         「伊勢エビ・残酷焼き」と歴史浪漫の旅・ぶらり松阪を訪れる」

美味しいものを頂いて、・・・。そのあと、・・・・。

蒲生氏郷が築いた「松阪城跡」・本居宣長の居宅「鈴屋」・宝塚古墳出土船の「はにわ」等々を拝観して、歴史を楽しんで来たいと思っています。

 ‟さぁ~元気で・健康寿命を延ばそう!”

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2012年10月 5日 (金)

‟秋の金沢城”

私たちの歴史サークル「山桜会」では毎年、秋に研修旅行が開催されます。
今年は、下記の旅程表の様に11月に岐阜・郡上八幡の歴史・グルメ・紅葉等の楽しい旅行が実施されます。今から楽しみにしています。

さて、昨年は山陰・山代・金沢方面の楽しい旅行でした。その、楽しかった旅行の一こまを動画にしてこのブログにUPしました。

                    ブログを動画で作成する勉強の為に楽しんでいます。

          動画を開くには・・・ 画像の真ん中の▲印をクリックして下さい

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動画でブログを書き込む難しさを痛感しています。
画像のブレ・・・雑音の消却・・・正確な楽しいコメントの挿入・・・等々課題が山積みです。少しづつ改善するようにして、楽しいブログにしたいと思っています。

                ‟がんばれ!・カーチン”

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2012年9月 1日 (土)

‟強者どもが夢の跡・・・郷土の歴史”

9月の声を聞く頃になると、公園を散歩して居て聞くセミの声が・・「ツクツクボーシ・ツクツクボーシ」・・と変わりました。

Photoさて、このセミを子供の頃から、何度も捕獲に挑戦したけれど全て失敗でした。

長い竿の先に網をつけて・・・声はすれども・姿は見えず・・で。やっと見つけても、素早く逃げられてしまった記憶しか残っていません。

閑話休題
私の生家から約2k位のところに、この「ツクツクボーシ」が沢山生息する小山が有りました。その山が「幣久良山」と云って・・・この山を本陣として、近くの河原が、有名な ‟強者どもが夢のあと” の古戦場なのです。

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現在の茨木市の中部。西国街道沿いに有り、東は高槻、西は茨木郡山・・・中川原、茨城城主「中川清秀」の生家跡もある所です。

その、古戦場・・・その合戦は戦国時代の「白井河原の合戦」と云い、高槻城主「和田惟政」と伊丹城主「荒木村重」との戦いで、次の様な戦いです。

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高槻と云うのはあの有名なキリシタン大名「高山右近の居城としところです。
高槻をキリシタン文化の定着の端緒を開いたのが、此の戦の「和田惟政」だと言われています。

子供の頃、昔この辺で戦があったと聞かされていましたが、最近の歴史ブームの為か、あっちこっちに「説明看板」が建つ様になりました。

和田惟政が本陣を置いた 幣久良山。

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和田惟政の供養塔

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白井河原古戦場(茨木川)

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これから、秋も深まります。健康のためにも、元気で郷土の歴史などを調べて楽しみたいと思っています。

歴史は・・・記憶する歴史から~調べる歴史~楽しむ歴史にしたいものですね。

                 ‟歴史・雑学の好きな老人より”

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2012年6月 8日 (金)

‟この指とまれ・・・国宝のみほとけに会いに行きませんか!”

6月5日に私たち歴史サークル「山桜会」の有志による ‟みほとけに会いに行きませんか!” ・・・国宝十一面観音像を拝見する「観音寺詣り」の行事に参加させて頂きました。

近鉄なんば→京都線三山木駅→壽宝寺→筒城宮伝承地→観音寺→一休寺→新田辺駅→なんば。・・・と以上のコースの散策でした。

今まで、第一回・聖林寺・・・法華寺・・・向源寺・・・道明寺とお詣りし今回は第5回目の国宝十一面観音像にお会いする催しでした。秋に、残りの、六波羅蜜寺・室生寺に参詣の予定です。

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                                 今回のメインは国宝十一面観音立像と・・・一休寺参詣です。

                               観音寺・国宝十一面観音立像・木心乾漆造・漆箔・天平時代作。

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引き締まった肉付きの良い体躯・天衣や腰裳の自然な衣文や質感など、天平彫刻特有の緊張感が感じられる立像です。木像の形相は、奈良聖林寺の十一面観音と共通しており、ほぼ同じ頃の制作と考えられます。

酬恩庵 一休寺

一休さんと言えば私たちは、あの有名な・・・楽しい「とんち」の一休さんを思い浮かべます。でも実際の一休さんは、・・・。

出自は後小松天皇のご落胤と言われ、母は藤原氏の高官の血筋であり、後小松天皇の寵愛を受けていたが、帝の命を狙っていると讒言されて宮中を追われ、民間に入って一休さんを生んだとされています。

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現在の一休寺は宮内庁の管理下で、素晴らしい建物・庭園等もあり。管理の行き届いた素晴らしいお寺でした。参詣していて、心が癒されたように思いました。

昨日・今日、まだ足の膝に痛みが残ります・・・。でも。みほとけの像を拝して、楽しい一日でした。

                             ‟美女?・・・美男?・・・十一面観音立像に合掌!”

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2012年5月26日 (土)

‟海軍記念日”

明日、5月27日は,昭和20年8月の敗戦までは ‟海軍記念日” といって「慶祝」されて居ました。

5月27日を ‟海軍記念日” として制定された理由は次の様な事からです。

Photo 日露戦争が終局にむかっていた、明治38年5月27日ヨーロッパのバルト海(バルチック)から回航してきた強力な「ロシア」のバルチック艦隊を対馬沖で日本海軍連合艦隊によって事実上「ロシア艦隊」を崩壊させました。この日を日本国民が記念すべき日とされ  ‟海軍記念日” として制定され慶祝されたのです。

昨年まで3年間にわたって放送された「NHK」の大河ドラマ「坂の上の雲」で日露戦争の事が描かれた機会に日本海海戦の事に関心を持たれた方が多かったと思います。

私、個人的には、歴史サークルで日露戦争の事などを歴史資料で調べたりして、この戦争に興味を持っています。

日露戦争のことなどを調べていて、・・・こんな事が有りました。「名将」東郷平八郎・連合艦隊司令長官が亡くなられたのが1934年(昭和9年)です。・・・・・私が生まれたのが1933年(昭和8年)です。・・・遠くなった日露戦争と私は直接1年の継がり?・が有ったのだと分かって感慨を深めたものです。

Kaigun07「 日露戦争」は一応勝利を治めたので、悲惨な戦争の中にも「ホット」するところもありますが・・・いずれにせよ戦争は嫌いです。

今度の第2次大戦・・・悲しい大東亜戦争も遠くになりつつあります。改めて「戦争はもう御免」だと声を大にして叫びたいものです。

閑話休題

‟海軍” と云う事で子供の頃にこんな思い出が有ります。小学校5年生の担任の先生が、敗戦近くになって海軍に出征されました。半年ほど経ってその先生より私たちクラスの全員に一通の便りが有りました。

その便りにこんな事が書いてありました。・・・先生は軍艦「伊勢」に乗ってアメリカへ攻撃に行く途中負傷して現在病院に入院中との事でした。子供心に心配して皆で励ましの手紙を書いたものです。

Img_1199150_33498489_7 ところで、この思い出には「後(あと)」がありました。敗戦後に分かった事ですが,航空戦艦「伊勢」はアメリカへ攻撃に行くどころか「呉軍港」で昭和20年7月24日に艦載機の攻撃を受けて沈没したのだと分かりました。その時思ったのです、「先生のうそつき」と・・・・。これも又、その時代の教育だったのでしょう。

        思い出の ‟海軍記念日” に当たり・・・

           戦争反対!と、大声を上げたい!

          戦争はビデオゲームではない!

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2012年5月23日 (水)

‟我(われ)事において後悔せず”

大好きな言葉です。・・・素敵な言葉だと思っています。

この言葉は、あの有名な剣豪「宮本武蔵」の遺書とも言われる「独行道」の中の一節です。

天保2年5月12日、武蔵が亡くなる一週間前に書かれた「21カ条」の中の文言です。

Photo 最近、齢のせいか・・・身体が衰えた為か、このごろ時々「弱気」になり、昔の悪い記憶などを思い出します。

そんな折に、この言葉を思い出して、今更昔の事を思い出して後悔しても始まらない・・・と元気を振り絞っています。

さて、昔のことを思い出して・・・後悔しても始まらない事は解っているつもりです。

でも、誰がも分かっていても後悔して、自分を責めて、辛くなるのです。

弱くなった気持ちを振り切って・・・「後悔はしない」と決意すれば、少しは元気になって、前に進める気がします。

「後悔しない」と「反省しない」とは全く別のものだと思っています。

「後悔」は後ろ向きな気持ちであるのに対して、「反省」はそれを教訓として前に進める姿勢なのだと思ったら良いのかも知れません。

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後悔はしなくて良い・しかし、反省は必ずしなければいけないと自分自身に言い聞かせています。

後悔をしないで、自分の選択した生き方を信じて、今日からも又、元気に前向きに楽しく進みましょう。

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      ”我事において後悔せず”

       

        宮本武蔵に感謝

      

      ‟前を向きたい老人思考”

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